☆ロベルト・バローニオ インタビュー(Tele Radio Stereo)
ロベルト・バローニオはTele radio Stereoの“Quelli che hanno portato il calcio a Roma”に登場し、グイード・デ・アンジェリス氏と共に将来について語した。現時点では進展は何もないが、バローニオ自身はロッカールーム内で信頼される役割を担うことを望んでいる。
1996年にラツィオに到着したロベルト・バローニオは、今シーズンのバッラルディーニ政権では自身のキャリアで初めてラツィオの一員として継続的にプレイした。しかし、レヤの到着と共に彼はベンチへ戻された。シーズン終了と共に決別へ向かっているバローニオは、マイクに対して将来のことを語った。



−バローニオ、将来のことは決意した?
「近日中に代理人と会長が会うことになるだろう。たとえ僕らとクラブの間に別々の願望があるとしてもね。僕はグループにどのように属すべきなのか理解しているつもりだし、生涯ラツィオに残る準備ができている。でも、契約する前にはすべてをリセットして話し合う必要がある。ここに残っても、別のグループに除外されたまま給料を受け取ることになる可能性もあるからね。僕はローマに残ることを望んでいるけれど、12月には33歳になるし、個人的な満足感を得たい感情もある。実際に、他のクラブからの関心もあるよ。でも、今は何も進展がない状態だ」



−君はバッラルディーニの下でスタメンに定着していたけれど、バッラルディーニのチームは最後まで離陸できなかった。
「不運だったよ。長い時間を経てようやくスタメンを確保した僕は、異なるカンピオナートを送ることを望んでいたんだけどね。僕自身のパフォーマンスは良いモノもあれば、否定的なモノもあった。自分が何をしたかは理解しているつもりだよ。だからこそ、もし3日ごとにプレイする必要がなかったら、クラブに何を与えることができたかもわかっている。僕は8月8日からずっと試合に出続けて、常に最大限を尽くしてきた。もしも今年がラツィオにとってポジティヴな1年になっていたら、僕のパフォーマンスは異なる価値を持っていたはずだ」



−3-5-2のシステムか。中盤を4人にするか。どっちが良い?
「僕らは日曜日が訪れるたびに布陣を変えていた。僕自身の感覚では、中盤を3人にする布陣が一番やりやすかったね。でも、重要なのはスタメンとしてプレイすることだった」



−レデスマとの共存は無理なのかな?
「僕らは同じポジションだけれど、彼は僕よりも多くのタックルを行う選手だし、一緒にプレイすることは可能だと確信している。それでも、監督はこの解決を試みなかった。実際に共存が可能かどうかはわからないけれど、『共存が有り得ないのか、それとも有り得るのか』と聞かれれば、僕は有り得る方だと思っている。僕は自分を信頼してくれるチームでプレイしたいと思っているよ。でも、ロティートが僕に対して『君は重要な選手だ』と話すのならば、試合でプレイできなくてもグループにおける明確な役割があるのならば、状況は変化するだろう」



−レヤは到着してすぐに何を言ったのかな?
「初日に、彼はレデスマが必要であることを僕に伝えてきた。僕はそれを理解したよ。1人の人間として、ラツィオの利益、そしてチームメイトであるレデスマのことを考えた。カルチャトーレとして、人生を歩む人間として、最後の2ヶ月はこのことだけを考えてきた」



−ウディネーゼ戦でのブーイングについて
「残念だったけれど、問題だとは思っていない。大喝采は期待していなかったしね。まぁ、少なくとも拍手くらいは貰えると思っていたけど」



−かつての君は輝かしい将来が待っている期待の若手だった。これまでのキャリアについてはどう思っている?
「おそらく、僕はいくつかの間違った選択を下してしまったんだ。僕の頭が『自分の可能性を試すためにローマに戻るべきだ』と言って、僕なんかがプレイできないような時期にラツィオに戻ってしまった」



−1996年にクラニョッティのラツィオに移籍したこと。後悔している?
「唯一の後悔は、デリオ・ロッシと一緒に過ごしたシーズンだ。僕は彼の考えを変えるためにクラブに残ったんだけれど、それは可能じゃなかった。クラニョッティのラツィオでは、プレイすることを考えるのはほとんど不可能だったけれど、偉大なクラブに属していることを誇りに思っていたよ」



−じゃあ、ビアンコチェレステのユニフォームでの最も大きな感情は?
「北京でのスーペルコッパであることに疑いはない。インテルとの試合でスタメンとしてプレイして勝利を収めた興奮は、ブレシアでのA昇格とは違った喜びだったね。その他では、100周年のユニフォームや110周年のユニフォームを着たことかな。でも、今は別の満足感を得られるよう望んでいる」



−最後に、Norciaでのキャンプ後にはいったい何が起きたのかな?
「チームにとって重要な選手を除外することは間違った決断だった。あれによって、グループ内に不穏な空気が生まれ、調子を落としたんだ。各々が、否定的な1年に終わった今シーズンの責任を考える必要がある。1週間に3試合をこなすにあたって、戦力は十分じゃなかった。ベンチやピッチにはしばしばプリマヴェーラの若手がいたよね。彼らのような若手と共に重要な試合に準備するのは簡単じゃない。ルチアーニもペルペトゥイーニも有望な若手だけど経験は全くないんだから。Norciaで、僕らはこう話していた。『このままじゃ、俺たちは2010年にセリエBへ降格したグループとしてティフォージに記憶されてしまう』ってね。こう思うだけで、僕らは恐怖に震え、一気に団結した。でも、ラツィオの目標はA残留じゃなく、欧州杯の出場権獲得であるべきだ」