・愛するクラブを隠すローマ・ラツィオの選手たち(Il Tempo)
70年代、ビアンコチェレステにはロマニスタのコルドヴァが在籍していた。一方で、ローマでプレイしていたAlberto Di Chiaraは、実はラツィアーリであった。
もう一つのケースは、ロベルト・ムッツィだ。ローマの下部組織からセリエAデビューを果たしたムッツィは、トリゴリアでのテスト中にワシのペンダントを首にぶら下げていたために、ブルーノ・コンティから『それを外しなさい』という注意を受けた経緯がある。そのムッツィは、ラツィオでプレイするという夢を叶えるまで、ビアンコチェレステティフォージであることを隠すよう強制された。
そして、偉大なプロのファビオ・リヴェラーニ。2001年のローマのスクデット獲得を祝う写真がネット上で発見された彼は、ラツィオのカピターノにまで登り詰め、2005年1月のデルビーでは、ラツィオの勝利の立役者となった。
最近では、ロレンツォ・デ・シルヴェストリがいる。彼はカフーのユニフォームに身を纏って学校に行っていたという話があるのだ。彼も、ローマという街で真実を常に隠さなければならなかった。