・トンマーゾ・チェッカレッリ(ランチャーノ) (La Lazio siamo noi.it 11/09)
-トンマーゾ、ランチャーノにレンタル移籍したけれど、これまでのところはほとんど出場機会に恵まれていないね。
「フィジカル的な準備ができていないままここに到着したから、まずはコンディションを周囲と同等のレベルに持っていく必要があった。それから、先週は背中に悩みを抱えていたけれど、これも克服できた。ようやく、今週から完全な状態でトレーニングに励むことができるし、すぐにプレイするチャンスが訪れることを望んでいるよ」



-プリマヴェーラ時代、君は驚くべきパフォーマンスを見せていた。セリエBでの2度目のチャンスとなるけれど、すぐにラツィオに戻ることができると考えているのかな?
-「正直に話すよ。いま、僕は頭を下げて仕事に励み、ピッチ上で自分の価値を示すべき瞬間にいる。僕は自分の潜在能力を信じているよ。セリエBのカンピオナートのこともわかっているし、信頼を得て、自分の力を最大限に表現できるようすべてを尽くしたい」



-プリマヴェーラでは多くのゴールを量産していたね。いつ頃のことが一番記憶に残っているのかな?
-「ラツィオのプリマヴェーラ時代には、多くの素晴らしい思い出があるよ。ビアンコチェレステのユニフォームを着ることは本当に特別なことだったし、グループは非常に強くファンタスティックだった。もっと多くの結果を得ることもできたはずなんだけれど、ピッチ上で持ちうる価値のすべてを証明することができなかったね。特に思い出に残っているのは、最初の頃だ。プリマヴェーラでの初年度、僕は92年生まれだったけれど、周囲の多くは90年生まれの選手だった。そのときにミステル・セセーナから貰ったアドバイスは本当に重要だった。彼の言葉は僕の基礎になっているし、彼に対してはいつも感謝しているよ」



-トップチームのカンピオー二と共にトレーニングする機会もあったね。
「皆と素晴らしい関係を築いていた。ラツィオには、多くのことを学ぶことのできる選手がいる。紅白戦で僕がミスをしたときには、クローゼがすぐにアドバイスをくれたよ。怒ったり叱ったり、穏やかに説明してくれたり、彼は僕のマエストロ(師匠)だった。彼は人間的にも偉大だし、完全なカンピオーネだ」



-君の才能とパフォーマンスは、誰の目に見ても代表的なレベルだった。君は常にトップチームでのチャンスを望み、プリマヴェーラでは最高の選手としてプレイしていたけれど、トップチームでデビューするチャンスは訪れなかったね。
「正直に言うと、ずっとトップチームでのデビューを望んでいた。1月にユーヴェ・スタビアにレンタル移籍しないで、あのまま残留していたとしたら、もしかしたらシーズン終盤にはセリエAデビューのチャンスもあったのかもしれない。だけど、プリマヴェーラで3年間プレイしてきたなかで、僕はもっと高いレベルでのプレイを求めていたから、あのときの選択は正しいものだった。僕が最終的に目指す地点は一つ:いつかもう一度スタディオ・オリンピコに戻って、ラツィオのユニフォームを着るんだ」