☆ポール・オコン氏(1996年夏にラツィオ入り、3シーズン在籍-現在はU-20オーストラリア代表監督) (La Lazio siamo noi.it 10/02)
-「欧州を恋しく思っている。ローマにはしょっちゅう帰っているし、カンピオナートも見ているよ。カンピオナートは、僕がプレイしていた頃とは状況が変わったよね」。
-「(ラツィオ時代について)多くのケガがあったけれど、イタリアでのプレイは僕の夢が叶った瞬間だった。ディノ・ゾフ率いるチームの一人としてブリュッセルで戦ったときの感情は忘れられないよ。1998年にコッパ・イタリアを獲得し、翌シーズンに2位でフィニッシュしたこともね。チームに相応しかったスクデットは、あの翌年に僕なしで到着した」。



☆マッシモ・ボナンニ(ローマ下部組織出身-2006年1月から半年間ラツィオでプレイ-現ルガーノ) (La Lazio siamo noi.it 10/01)
-「僕はラツィアーレだし、ラツィオでの時間は良い思い出だ。ペスカーラでも良い時間を過ごすことができたし、あそこから去る選択を下すのは難しかった。クラブは、僕に多くのモノを与えてくれたからね。僕は移籍を強制されたけれど、ペスカーラにも良い思い出がある」。
-「(ラツィオ在籍時について)多くの選手がいて、素晴らしいグループだったね。第二の家族と思えるくらい、皆が僕を歓迎してくれた。あのときはまだ23歳で僕も若かったね。ティフォージとして、ナンバー10を背負ってプレイすることは驚異的な気分だったよ。パレルモからラツィオに到着して、シャワールームでラツィオのユニフォームを着た自分を見て、とても不思議な気持ちになったことを覚えている。まさか、ラツィオのユニフォームを着ることができるとは思いもしなかったからね。だって、僕は10歳の頃からローマに在籍していたし、パレルモに放出される前の6月まではローマの選手だったんだから。僕はわずか6ヶ月でローマからラツィオに向かうことになった。ちょっとした困難もあったけれど、僕はロマーノだし、問題はなかったよ」。



☆エマヌエレ・ベッレットーニ(2000/01のCLスパルタ・プラハ戦でラツィオの一員としてデビュー-現バッサーノ) (La Lazio siamo noi.it 10/01)
-「(“贅沢な”デビュー時について)誇りに思っているよ。あのときのことはいまも覚えている。僕は9歳の頃からラツィオと共に成長し、最終的にCL、セリエAデビューを果たしたんだ」。
-「あのときはスクデットを獲得したばかりでカンピオーネが揃ったチームだったし、皆が巨人だったね。彼らとトレーニングして、試合に出ることができて、子供の頃からの夢が叶ったんだって思ったよ」。
-「トレーニングに行くのが待ち切れなかったし、本当に幸福な経験を送ることができたと思う。“スポンジ”だった僕には、皆が多くのアドバイスをくれた。特にネスタは多くのアドバイスをくれたね。ヴェロン、サラス、クラウディオ・ロペス、シメオネといった特別なクオリティを持った選手もいた。本当に偉大なチームだったよね」。
-「アントニオ(・カンドレーヴァ)はビアンコチェレステのユニフォームで待ちに待ったブレイクを果たしたね。反発する力を持っていた彼に賛辞を送りたい」。